D社は、社員数約1,000名の、建築設計を行っている中堅企業である。D社では、内部監査部門が定期的に内部監査を行っており、このたび勤務管理に関する監査が行われた。その指摘を受けて、新しい仕組みの導入を決定した。
〔D社の就業条件〕
D社の就業条件は、次のとおりである。
(1) 就業時間は9時から18時までで、時間外の勤務(以下、残業という)には、残業手当が支給される。残業は事前に届出を行う。
(2) 土曜日、日曜日及び祝日は休日で、休日出勤した場合は代休を取得する。
(3) 休暇種別として、勤続年数に応じて毎年付与される有給休暇、7月~9月に取得できる年間3日間の夏期休暇、及び慶弔時に取得できる特別休暇がある。
(4) 残業時間の上限は、労使協定で、1日7時間、月間45時間、連続する3か月累計120時間、年度累計360時間と定められている。
〔現在の勤務管理の概要〕
勤務管理に関する項目は、イントラネットを使った時間入力システムと紙の勤務管理表で管理している。勤務管理の概要は、次のとおりである。
(1) 社員は、業務を開始した時刻(以下、開始時刻という)及び業務を終了した時刻(以下、終了時刻という)を入力する。
(2) 残業をする場合は、事前に、事由及び終了予定時刻を記入した残業届出書を提出して、部長が確認印を押す。
(3) 月締めで個人単位に勤務管理表を印刷し、本人印を押した後、部長に提出する。部長は承認印を押して、人事部に提出する。このとき、1か月分の残業届出書を添付する。勤務管理表には、遅刻・直行などの始業区分、早退・直帰などの終業区分、開始時刻、終了時刻及び残業時間の明細が1か月分、日別で印刷されている。
社員は、同時に複数のプロジェクトに参加することがあり、プロジェクト別の損益を管理するために、勤務管理表とは別に、プロジェクト別業務時間を表計算ソフトで管理している。これを月次で回収し、部長が確認している。プロジェクトは複数の部が関わっているものが多い。
また、夏期休暇の予定実績管理も、部別に表計算ソフトで管理している。
〔勤務管理に関する内部監査の指摘〕
内部監査では、内部統制面及び労務管理面から次のような指摘を受けた。
指摘1: 部長が、月次で、勤務管理表、プロジェクト別業務時間及び残業届出書の3種類のデータを確認しているが、データの不一致が発生している。また、平均50名いる部員全員について、全ての日の明細を部長が確認していることに無理がある。
指摘2: 開始時刻及び終了時刻が勤務実態どおりに正しく入力されているかどうかの保証がない。入力された時刻が妥当かどうかを確認する必要がある。
指摘3: プロジェクト別業務時間が時間入力システムと連動しておらず、また、入力を毎日行っていないので、プロジェクトの実工数が正しく把握できていない。このことについて、損益を管理している経理部から精度の向上を求められており、運用の改善が必要である。
指摘4: 夏期休暇は、予定をあらかじめ決めて取得することになっているが、予定を入力しなかったり、予定どおりに休まなかったりする社員が多く、取得率が低迷している。
これらの指摘を受け、改善案として、勤務管理システムを導入することになり、あるソフトウェアパッケージを選定した。
〔新システムを用いた勤務管理の概要〕
D社では、選定したソフトウェアパッケージでは不足する機能を追加開発することとし、追加開発を含めたシステム全体を新システムと呼ぶことにした。新システムを用いた勤務管理の概要は、次のとおりである。
(1) 各フロアの出入口にICカードリーダ付き入力端末を設置し、入退室時にICカード付き社員証をタッチして、入室・退室の時刻を記録する。1日の初回入室時刻と最終退室時刻を、翌朝のバッチ処理によって新システムに取り込む。
なお、終業後にフロア内でサークル活動や懇親会を行うことがあるので、最終退室時刻と終了時刻は必ずしも一致しない。
(2) イントラネットを通じて、社員は次の作業を行う。
① 勤務実績入力:毎日の勤務実績は、原則として翌営業日中に入力する。
・始業区分として、通常出社、遅刻、直行、出張、又はいずれかの休暇種別を選択して入力する。
・終業区分として、通常退社、早退、又は直帰を選択して入力する。始業区分が出張又は休暇種別の場合は、終業区分は空白とする。
・出社を伴わずに終日社外で業務を行う場合には、始業区分を出張として入力し、始業区分を直行、かつ、終業区分を直帰とする入力はしない。
・休暇以外の日は、開始時刻、終了時刻及び休憩時間を入力する。このとき(1)で記録した初回入室時刻及び最終退室時刻を参照できる。
② プロジェクト別業務時間入力:毎日、どのプロジェクトの業務をどれだけ行ったのか、プロジェクト別業務時間を入力する。研修、事務処理など、直接プロジェクトに従事していない時間は、間接業務時間として特別なプロジェクトコードを割り振って入力する。プロジェクト別業務時間の合計は、1日の業務時間と一致させる必要がある。一致しない場合、入力は完了しない。
③ 残業予定入力:残業をする場合、事前に事由及び終了予定時刻を入力する。
④ 夏期休暇予定入力:夏期休暇の取得予定年月日を3日分入力する。予定が変わった場合は取得予定年月日を変更する。
(3) イントラネットを通じて、部長は次の作業を行う。
・追加開発で作成された警告一覧を出力し、その内容を精査して部員に確認する。また、必要に応じて入力の訂正を行うよう指導する。警告一覧の詳細は後述する。
・部員のデータ入力が完了したことを確認し、月締めの入力を行う。
(4) ソフトウェアパッケージにはダウンロード機能があり、データがCSV形式で提供される。ダウンロードする属性項目は、任意に設定が可能であり、D社では、ダウンロードファイルのレイアウトを表1のように設定した。
なお、夏期休暇明細については、予定データは夏期休暇の取得予定年月日から、実績データは毎日の勤務実績から作成する。予定データの予定実績区分には“予定”が、実績データの予定実績区分には“実績”がそれぞれ設定される。
〔ダウンロードデータを使用した処理〕
D社では、部ごとにダウンロードを行うよう設定し、部長が自分の部のデータをダウンロードできるようにした。そのダウンロードデータを加工して、次の(1)~(3)の三つの機能を実現することにし、追加開発を行う。これによって、部長が、自分の部の部員の入力の確認を容易に行えるようになる。
(1) プロジェクト別工数一覧を出力する機能
任意のタイミングで、月間プロジェクト別業務時間明細からプロジェクト別工数一覧を出力する機能を設ける。部長は、適切なプロジェクトコードで入力が行われているかどうかをチェックする。
(2) 警告一覧を出力する機能
任意のタイミングで各種のチェックを行い、警告一覧を出力する機能を設ける。部長は、次に示す確認項目を指定して警告一覧を出力し、それを参考に、部員に確認したり、残業を削減するようプロジェクトリーダを指導したりする。
① 月間業務時間明細の、始業区分及び終業区分が妥当かどうかを確認する。
② 月間業務時間明細の、開始時刻及び終了時刻が妥当かどうかを確認する。
③ 月間業務時間明細と残業予定から、残業予定入力が正しく行われているかどうかを確認する。
④ 月間残業時間集計から、労使協定で規定した残業時間の上限の9割を超えている社員がいないかどうかを確認する。
⑤ プロジェクト別業務時間の入力が、翌営業日中に行われているかどうかを確認する。
⑥ 夏期休暇の取得率向上のために、取得予定年月日を3日分入力していない社員がいないかどうかを確認する。
これらの確認項目について容認される基準を、表2に示す。これらの基準を満たしていない場合に、その内容を警告一覧に出力する。
(3) 夏期休暇の取得奨励メールを送信する機能
夏期休暇の取得率向上のために、夏期休暇明細の休暇取得予定日の1週間前に、翌週の夏期休暇を取得するよう奨励するメールを自動的に送信する機能を設ける。
〔内部監査担当者によるレビュー〕
人事部は、新システムの概要について内部監査担当者に説明を行った結果、次の2点について改善を行うよう指摘された。
(1) 個人のプロジェクト別業務時間は正しく把握できるようになったが、プロジェクト単位に工数の実績を管理するためには、考えているプロジェクト別工数一覧では不十分であり、更なる考慮が必要である。
(2) 夏期休暇の取得率向上については、取得予定年月日を3日分入力していない社員の確認と取得奨励メールの送信を考えているが、現状を考えるとこれだけでは不十分である。追加の確認をして、ある条件に合致する社員の情報を警告一覧に出力することが必要である。