A社は、医療用品の製造及び販売を行うメーカーである。A社とその関連会社の3社(以下、Aグループという)は、基幹システムとしてX社のERPパッケージ製品(以下、ERPという)と、情報系システムとしてERPのオプション製品である分析ツールを使用している。
しかし、現在使用しているERPと分析ツールのサポート期限が2年後に迫っているので、これらをバージョンアップし、新しいシステムとして再構築するための移行計画を立案することになった。A社情報システム部のB課長がプロジェクトチームのリーダーに任命された。
〔現行のシステムと業務の概要〕
Aグループは現行の基幹システム(以下、現行基幹システムという)として、ERPのうち財務会計、管理会計、販売管理、生産管理、購買管理の五つのサブシステムを利用している。現行基幹システムは各社で独立した構成となっており、ERPに対する定義やマスターデータを独自に設定している。また、各社の業務に応じて個別に開発されたアドオンプログラム(以下、アドオンという)が存在している。
現行の情報系システム(以下、現行情報系システムという)では、前月や前年度といった過去の売上や製造原価などの経営状況を翌月以降に必要に応じて分析するための帳票を、各社の要望に応じて個別に定義している。新たな切り口によるデータの集計が必要な帳票を定義する場合は、あらかじめ、基となるデータを現行基幹システムから抽出し、必要な集計を行ったデータを現行情報系システム内に保存している。
運用スケジュールは、8時から24時までがオンライン運用時間、それ以外はアドオンとして開発された夜間バッチ処理やシステムメンテナンスの時間となっている。毎月上旬の数日間に分割して実行される夜間バッチ処理では、実績データに対する各種の締め処理が行われる。
Aグループが得意先からの受注や出荷を行う営業日は、年末年始を除き平日と土曜日である。受注にはEDIを用いる。受注データ中の納品日には受注日の翌営業日から7日先までの営業日を設定可能であり、受注日の翌営業日が設定されることが多い。
〔物流システムの概要〕
Aグループは各社共通の物流システムを使用している。現行基幹システムでオンライン運用時間内に受信した受注データを基に、夜間に出荷指示データ送信処理が出荷指示データを作成し、物流システムに送信する。
Aグループは出荷当日に得意先に納品可能な体制を整備しており、物流システムは出荷指示データに基づき、受注データで指定された納品日に得意先への出荷を行う。
〔情報システム担当役員から提示された再構築と移行に関する指示〕
A社の情報システム担当役員から再構築と移行に関して次の指示があった。
・ERPと分析ツールのサポート期限までの期間が短いので、新しい基幹システム(以下、新基幹システムという)と新しい情報系システム(以下、新情報系システムという)の構築では、業務プロセスの見直しは行わない。
・ERPと分析ツールのバージョンアップを作業の中心とし、重要な経営方針である、業務の効率化と高付加価値型業務へのシフトに直接関連する改善案件の実施だけをプロジェクトの対象とする。
・過去の経営状況を新たな切り口でも分析できるようにする。
・移行作業によるシステムの停止に伴う、受注や出荷などの業務への影響は最低限に抑える。特に受注や出荷において、得意先からの受注データが移行期間中に滞留して出荷が遅れることは避ける。
〔情報システム部長から提示された再構築と移行に関する方針〕
A社の情報システム部長からは再構築と移行に関する次の方針が提示された。
・マスターデータの勘定科目コードや各種のコードが、A社と関連会社との間で統一されていない。新しいシステムとして再構築する時に関連会社のコードをA社のコードに統一し、4社を一斉に移行する。コードの統一が必要な理由は、予算管理や連結決算の際に、関連会社の経理担当者が表計算ソフトでA社のコードに合わせた集計を別々に実施しており、各社から、これらに必要な経理担当者の事務処理の負担が大きいとの意見が以前から寄せられているからである。
・業務への影響が少ないいずれかの土日を移行期間とし、新基幹システムの本稼働日を月曜日とする移行計画としたい。この場合、移行期間中の土曜日の受注を停止するために、本稼働日の月曜日に品物を受け取りたい得意先に対して、①移行期間前の適切なタイミングに協力を依頼する。
・各社の既存のアドオンは、新基幹システムでも継続利用する。
・現行情報系システムの帳票の定義は、新情報系システムでも継続利用する。
・現行基幹システムの実績データは前月分と当月分だけ更新できる。このことを利用して移行作業によるシステムの停止期間を短縮したい。
・移行期間前後のマスターデータの登録や情報系システムの使用に対する運用制限が必要な場合は、各社に協力を仰ぐ。
〔X社から提供されたERPと分析ツールのバージョンアップに関する情報〕
X社からは、バージョンアップに関する次の情報提供を受けた。
・新基幹システムを新規に構築する場合は、サーバに新バージョンのERPをインストールした上で、各種の定義の設定やアドオン追加などによる構築を行う。
・現行基幹システムを基にして新基幹システムを構築する場合は、サーバに新バージョンのERPをインストールした上で、ERP移行ツールを用いてERPの標準機能と各種の定義を新基幹システムに移行する。
・ERPの現行バージョンと新バージョンとではデータ構造が異なる。そのため、現行バージョンのデータ構造から新バージョンのデータ構造に変更した上でデータを移行する必要がある。データ移行の要件に基づき、ERP移行ツールを使用したデータ移行とするか、個別のデータ移行プログラムを使用したデータ移行とするかを選択する必要がある。ERP移行ツールを使用する場合、データ構造の変更はERP移行ツールの中で行われるが、コード変換のようにデータの値を加工することはできない。
なお、現行基幹システムでコード変換などのデータの値の加工を行ってからERP移行ツールを使用する方法は、作業手順が複雑になるので推奨していない。
・既存のアドオンは、X社が提供する手順書を用いて移行する。
・現行基幹システムを停止した後に新基幹システムに移行するデータ量が多ければ多いほど、システムの停止期間が長くなる。
・分析ツールは、新バージョンを導入しても既存の帳票の定義がそのまま使用できる。X社から提示されたERPの新バージョンへの移行パターンを表1に示す
〔立案した移行計画〕
B課長は、再構築と移行に関する指示と方針に合致する移行パターンを検討した。その過程で、パターン1は再構築と移行に関する指示と方針に合致しないと判断した。
また、パターン2はデータ移行時に制約事項があり、再構築後も現在発生している業務上の問題を解決できないことから、再構築と移行に関する指示と方針に合致しないと判断し、パターン3を選択した。
新情報系システムへのデータ移行においては、
②A社のデータは現行情報系システムから新情報系システムにそのまま移行するが、関連会社のデータは、新基幹システムに移行したデータに基づいて集計を行ったデータを新情報系システムに登録することにした。
これらを踏まえ、B課長は再構築と移行に関する指示と方針に基づいた移行計画を立案した。立案した移行計画の概要を表2に示す。