E社は、従業員数が500名、派遣社員数が常時200名程度の商社である。取扱商品分野ごとに事業部があり、メーカーから商品を仕入れて販売店に卸している。E社には、販売管理、営業管理、会計、人事管理などの業務をそれぞれ支援する各サブシステムからなるシステム(以下、Eシステムという)がある。主要な業務は、Eシステムを使用しながら遂行されており、すべての従業員は、日常的にEシステムを使用している。他社に出向している従業員も、様々な手続のために頻繁にE社に出社してEシステムを使用する。休職者については、セキュリティの観点からすべてのサブシステムについて、アカウント管理者が利用者ID(以下、UIDという)を利用停止に変更することになっている。
UID管理は、サブシステムごとに独自に行っているが、従業員と対応しないUIDがあったり、UIDの管理内容に全社的な統一性がなかったりするなどの問題があった。これらを抜本的に改善するために、E社では、新しくUID管理システムを構築することにした。UID管理システムでは、UIDの管理を徹底するためにUID管理を一元化するとともに、退職時にUIDを確実に削除できるように人事管理システムと連携させることにした。UID管理システムの構築のために、情報システム部が中心となってプロジェクトチームを立ち上げた。
はじめに、人事管理システムと連携させるために、入社や異動、退職といった人事上のイベント発生時(以下、人事イベント発生時という)の利用者情報に対する処理を表のとおり整理した。ここで、利用者情報の属性として“UID名”、“パスワード”、“UIDの状態”、“従業員名”、“従業員番号”、“UID発行年月日”、“所属部門名”、“出向フラグ”、“出向先名”、“休職フラグ”、“UID最終利用年月日”を定義し、“UIDの状態”の値(以下、状態値という)としては、“仮パスワード”、“有効”、“無効”、“一時利用停止”を定義した。一方、各サブシステムの利用権限については、引き続き各サブシステム側で管理することにした。

〔人事管理システム及び各サブシステムとの連携〕
プロジェクトチームでは,UID 管理システムと,人事管理システム及び各サブシステムとの連携を検討し,次のように決定した。
人事管理システムとの連携では,毎日,人事管理システムから従業員情報を取得し,UID 管理データベースに格納する。各サブシステムとの連携では,UID 管理データベースの変更のたびに各サブシステムに対して利用者情報を配布する。
これによって,利用者情報を一元的に管理する。パスワードの初期化及び変更は,各サブシステムではなく,UID 管理システムで行い,変更後のパスワードは各サブシステムに反映され,各サブシステム間のパスワードの同期がとられる。
〔従業員のUID管理〕
プロジェクトチームでは,従業員の UID 管理を検討するために,E 社の情報セキュリティ規程から,UID に関する項目を抽出し,次のとおりにまとめた。
(1) システム管理者が利用する OS の特権 ID を除き,UID は利用者ごとに発行され,複数の利用者が共用することを禁止する。
(2) 情報システム部にアカウント管理者を置く。
(3) UID は,利用されない期間が,ある日数(以下,許容無使用期間という)を超えた場合に状態値を “無効” にする。許容無使用期間は 100 日とする。
(4) UIDに対応したパスワードは、次のルールに従わなければならない。
(a) 10文字以上
(b) 数字、英文字、記号が、それぞれ2文字以上
(5) UIDのパスワードを連続して5回間違えた場合、状態値を“一時利用停止”にする。
プロジェクトチームでは、UIDの管理のうち規程に明文化されていない部分について、次のように案をまとめた。
(ア) 人事イベント発生時におけるUIDの発行、状態変更及び削除、並びに初期化依頼に対するパスワードの初期化は、アカウント管理者が行う。
(イ) UIDの発行時には仮パスワードを設定する。
(ウ) 仮パスワードの発行を受けた従業員は、72時間以内にパスワードを設定しなければならない。パスワードを設定するまでは、各サブシステムを利用することはできない。仮パスワードのまま72時間経過した場合は、UIDを削除する。
(エ) “一時利用停止”の状態は、24時間後に自動的に解除される。ただし、緊急に利用しなければならない場合は、アカウント管理者の通常勤務時間内であれば、アカウント管理者にファックス、電話などの何らかの方法でコンタクトし、初期化依頼する。依頼を受けたアカウント管理者は、直ちにパスワードを初期化し、依頼者が指定する方法で仮パスワードを連絡する。
(オ) 各サブシステムのログイン履歴は、UID管理システムに送られる。
プロジェクトチームでは、上記(1)〜(5)及び(ア)〜(オ)に基づく、UID管理システムにおける従業員のUIDの状態遷移を、図のようにまとめた。
〔派遣社員の UID 管理〕
プロジェクトチームでは、派遣社員の UID 管理を検討した。各サブシステムは、従業員のほか、派遣社員も利用する。派遣社員は、人事管理システムで管理されていない。そのため、派遣社員に関する契約期間に基づいて UID を管理することになる。
プロジェクトチームでは、派遣社員の UID 管理の内容を、従業員の UID 管理に準じて整理することにした。すなわち、情報セキュリティ規程や UID 管理システムの要件などにおいて、従業員の人事イベントを派遣社員に関する契約開始、契約終了(満了及び解除)に対応して読み替えることにした。例えば、表中の人事イベント “入社” を “契約開始” に、“退職” を “契約終了” に読み替えることにした。
派遣社員に関する契約は、各事業部が主体的に行っているが、契約開始時には、契約管理部の承認を得ている。E社の契約内容に関する規程によって、契約開始日は月初日、満了日は月末日に限定すること、有期限の期間契約とすること、及び自動継続契約は行わないことが決められており、これらは、契約管理部によって厳格に確認されている。
どの事業部も、契約管理には、表計算ソフトや専用管理ソフトを利用しているが、それらのソフトウェアと UID 管理システムを連携させることは困難である。そこで、プロジェクトチームでは、UID 管理システムを利用して派遣社員の UID の発行及び削除を申請する仕組みを検討した。しかし、この仕組みは、各事業部が業務上の必要性に迫られる契約開始時における UID の新規発行申請には利用してもらえるとしても、契約満了時の削除申請には利用してもらえないだろうとの意見が出た。
このため、まず契約満了者の UID を確実に削除できる運用を検討した。第 1 案は、“無効”状態にある UID を、情報システム部が毎月初日に一括削除する運用である。第 2 案は、UID の発行申請時に設定する①属性を追加して、UID 管理システムが毎日その値を点検して自動的に UID を削除する運用である。第 1 案は、②UID の許容無使用期間と UID の一括削除の運用日程によって、契約満了後から削除されるまで一定の時間が掛かるという問題があった。また、契約満了後の UID が、削除されずに使い回されると、削除すべき UID が検出できない。そこで、第 2 案を採用することにした。
プロジェクトチームでは、これまでの UID 管理の検討結果をまとめ、情報システム部長に報告した。報告を受けた部長は、派遣社員の契約では契約満了前に契約解除となるケース(以下、満了前解除ケースという)がまれに発生することと、現状の従業員の UID 管理では、③何者かがなりすまして他者の UID のパスワードを不正取得できるリスク(以下、パスワード不正取得リスクという)があることを指摘した。
指摘を受けたプロジェクトチームは、④満了前解除ケースに対しても確実に UID が削除できるような運用を追加し、派遣社員の UID を確実に削除できるようにした。また、パスワード不正取得リスクに対しては、⑤具体的な手続を定めることで解決することにした。以上の内容で情報システム部長の承認を得て、引き続いて UID 管理システムの構築に着手した。