R社は従業員数200名の健康食品販売会社であり,消費者向けに電話受付による販売を行っており,5年前からはインターネットを介した販売システムを利用した販売も行っている。
販売システムは,アウトソーシング事業者であるY社のデータセンタに設置され,ルータ,ファイアウォール,負荷分散装置,Webサーバ,データベースサーバで構成されている。販売システムのネットワーク構成を図1に,販売システムの概略を図2に示す。
〔脆弱性発見の情報〕
R社は、情報セキュリティ専門会社からセキュリティ情報の提供を受けている。ある日、販売システムのWebサーバで稼働中のミドルウェアに脆弱性が発見されたとの情報が提供された。R社インターネット販売事業部のS主任がまとめた脆弱性の概要を図3に示す。
S主任の調査の結果、ミドルウェアは開発元によるサポートが終了しており、修正プログラムが提供されないことが判明した。また、S主任は、①販売システムのFWでは、セッションIDの偽造を判別できないので、この脆弱性を悪用した攻撃を防御できないと判断した。
このミドルウェアを使用しないよう、販売システムを抜本的に改修するには、長期間を要する。そこで、R社では、販売システムによる注文受付を一時的に停止し、注文は電話受付だけに限定する方針を決めた。また、インターネット販売事業部のP課長は、脆弱性への早急な対策案の検討をS主任に指示した。
〔WAFによる対策の検討〕
S主任は、図3の脆弱性への早急な対策案を、Y社のセキュリティサービス担当のQ氏に相談した。その結果、WAFの導入の提案を受けた。Q氏が提案したWAFの主な機能を表に示す。
次は,WAFによる対策の検討に関する,S主任とQ氏との会話である。
S主任:販売システムのミドルウェアで発見された脆弱性に対しては,WAFを使ってどのような対策が可能でしょうか。
Q氏:②クッキーの暗号化機能によって,図3の脆弱性を悪用した攻撃への対策が可能です。この機能はWAFの導入後にすぐに利用を開始できるので,速やかに販売システムによる注文受付を再開できます。
S主任:分かりました。利用に際して,何か注意点はありますか。
Q氏:③クッキーの暗号化では,クッキーに属性を付与している場合であっても,その属性の効果を維持できるように考慮されています。しかし,④ブラウザに格納されるクッキーが暗号化されたものになることから,Webアプリケーションによっては,動作に異常が生じる場合がありますので,販売システムでのクッキーの用途を事前に確認すべきです。
S主任:分かりました。確認しておきます。WAFにはシグネチャによる通信検査機能もあり,攻撃の遮断ができるようですが,どのような攻撃が遮断できるのでしょうか。また,この機能もすぐに利用が可能でしょうか。
Q氏:クロスサイトスクリプティングやSQLインジェクションなど,既知の攻撃を検知して遮断することが可能です。シグネチャによる通信検査機能の利用に際しては,販売システムの可用性を維持するために,事前に十分な動作確認が必要です。販売システムを利用する上で必要な通信(以下,正常な通信という)をWAFが攻撃として検知してしまうことで,利用者が販売システムを利用できなくならないよう,まずは[ a ]を減らすための検証期間を設けます。検証期間には,攻撃を検知しても通信の遮断は行わず,WAF設定とWebアプリケーション設定のチューニングを行い,[ a ]が十分に減少した段階で,攻撃の遮断を開始します。ただし,チューニングに際しては,⑤正常な通信が攻撃と検知された場合であっても,不用意に,そのシグネチャを無効化するべきではありません。
S主任:シグネチャによる通信検査機能によって,既知の攻撃を検知して遮断することが可能なので,安心して販売システムを運用できるのですね。
Q氏:シグネチャによる通信検査機能では,攻撃がシグネチャに一致しなかった場合には,その攻撃を見逃してしまうので,必ずしもWebアプリケーションを防御できるとは限りません。
S主任:なるほど。Webアプリケーションは,できるだけ脆弱性を除去して運用することが重要ですね。
Q氏から説明を受けたS主任は,販売システムでのクッキーの用途を確認した。その結果,WAFの機能によってクッキーを暗号化しても,販売システムの動作には異常が生じないことが分かった。そこで,S主任はP課長にWAFの導入を提案した。
〔WAFの導入〕
インターネット販売事業部では,S主任の提案内容を検討した結果,販売システムへのWAFの導入を決定した。検討に際しては,クッキーの暗号化機能によって図3の脆弱性への対策が可能となる点に加えて,開発元によるサポートが終了したミドルウェアで,今後新たな脆弱性が発見された場合にも,シグネチャによる通信検査機能によって攻撃への防御を実現できる可能性がある点も評価された。
販売システムへのWAFの導入の際には,Webサーバへの負荷分散にWAFの負荷分散機能を利用することで,利用中のLBをWAFで置き換える方針とした。また,WAFのSSLアクセラレーション機能を利用し,⑥ブラウザからのSSL通信は,WAFで終端させることにした。
インターネット販売事業部では,Q氏の支援の下,WAFを販売システムに導入し,クッキーの暗号化機能を有効化した上で,販売システムによる注文受付を再開した。
その後、検証期間を終え、シグネチャによる通信検査機能の利用を開始した。そして,サポートの終了したミドルウェアを使用しないよう,販売システムの抜本的な改修に向けた検討を開始した。